こんにちは,北海道理学療法士_菅原_
今回は前十字靭帯断裂後のスポーツ復帰について,簡単にまとめたいと思います。
昨年の3月だったでしょうか。
川崎フロンターレの齋藤学選手が前十字靭帯(ACL)断裂後5ケ月で復帰するとのことでした。
このニュースを見たときに私は『えっ!?大丈夫5ケ月で‥』と思ったのを覚えています。
世間も間違った知識が入らないように,前十字靭帯断裂後のスポーツ復帰について簡単にまとめたいと思います。
私と前十字靭帯損傷後のリハビリとの出会い
あれはもう6・7年位前の話だったでしょうか。
北海道で前十字靭帯の手術実績No1の整形外科医が私の病院へと勤務をすることをきっかけに,『ACLのリハビリテーションのプロトコル』を作って欲しいと依頼があり,半年以上の時間をかけて,海外の論文を読み漁る毎日を過ごしていました。
そして,ACL班のリーダーとして,札幌医大系列で使用する「ACL損傷後のリハビリテーションプロトコル」を1年位かけて完成させました。
そして,その後も多くの前十字靭帯損傷後のアスリートのリハビリの担当になって,経験を積んだとしても,
非コンタクトスポーツ(陸上やスケートなど)は術後6ケ月復帰
コンタクトスポーツ(サッカーやラグビーなど)は術後8ケ月復帰
を崩すことはできなかった。
それは,どんなに患者さん自身がリハビリを頑張って筋力をつけたとしても,靭帯が成熟するまでには自然治癒が必要であり,患者さんの成熟までには『普遍的な時間』が必要であるからなのです。
前十字靭帯手術の種類と特徴
前十字靭帯の手術は多くの試行錯誤のなか,現代の手術の方法が確立されています。
その歴史の中では,様々な筋の腱を使ってみたり,人工靭帯を作ってみたり,靭帯を1本入れてみたり,2本入れてみたり,3本入れてみたり‥
紆余曲折しています.それだけ,損傷している人たちが多く,それだけ,最大断裂率の高い障害だからこそ,日々進化しています。
その中で,現代用いられている方法は2種類の方法があります。
①.半腱様筋(膝を曲げる筋肉)の腱をつかう半腱様筋グラフト(STグラフト)
こちらの手術は筋肉を時間をかけて靭帯化させる方法です。簡単にいうと,お肉からビーフジャーキーを作るみたいな感じ。
②.骨付き膝蓋腱(膝を伸ばす筋肉)の腱とその付着部の骨を使う骨付き膝蓋腱グラフト(B-T-Bグラフト」
こちらの手術は,骨の穴に骨付き膝蓋腱を入れて,骨と骨がくっつくのを待つ方法です。簡単にいうと,骨折がくっつくみたいな感じ。
手術の内容に関しては<Dr.MIYA Website>様にとてもわかり易いイラストがありましたので転載させていただきます。
半腱様筋グラフトは大腿骨と脛骨にトンネルを開け,そのトンネルから【糸の様なものに縛り付けられた,何十折かした半腱様筋】を通し固定するという手術を行ないます。
BTBグラフトの場合はこの,トンネルは膝蓋腱に付着している骨により穴が埋まるようになります。
ではなぜ?異なる方法があるのか?
当然ですが,お互いの方法に利点と欠点があります。
【BTBグラフトの利点と欠点】
- 骨と骨の癒合を図るため,治癒が早い
- 骨と腱は,最初からつながっているため,比較的強い
- 膝のお皿の下の腱を取るため,膝前面に痛みが永続的に残りやすい
- リハビリ膝を曲げる訓練が大変。(前側を切っているため)
- 膝を伸ばす筋力が上がりにくい。
【STグラフトの利点と欠点】
- 比較的可動域制限は起こりにく神経痛など膝の痛みが起こりにくい
- 膝の曲げ伸ばしが早期から可能
- 比較的可動域制限は起こりにくい
- 筋肉が靱帯化するまでに時間がかかる
- 膝の不安定性を起こしやすい。
- 膝を90°以上自分の筋肉の力で曲げるのが困難。(半腱様筋は深屈曲をする時に働かせる筋肉)→ハードル選手などには向いていない手術と言われている。
- 骨孔が骨で埋まるまでに時間がかかる。
BTBは治癒が早く,スポーツ復帰が早いという利点がありますが,日常生活に問題が起こる可能性をはらんでいます。
取り出す腱や骨のまわりには,末梢神経も豊富な部分であるため,慢性的に痛みが取れない症例も多いです。
そのため,前十字靭帯の断裂した場合には,まずはじめに【STグラフト】を用いた手術が選択されます。
半腱様筋グラフト(STグラフト)をより詳細に
先程にも記載しましたが,ACLの手術にはまず,STグラフトが用いられるためもう少し踏み込んだ説明をしていきたいと思います。
まずはSTグラフトのデメリットについて。
前項にも書きましたが,【半腱様筋グラフト】は治癒までに時間がかかってしまうというデメリットがあります。
これは,腱の成熟するまでには自然治癒に任せなければいけない部分もあるのでしょうがないものでもあります。
ではなんでSTグラフトは時間がかかってしまうのか?(以下の図を参照)
↑このSTグラフトの手術に関しては,【もともと靭帯ではなかった筋肉】を靱帯化させる方法を取っています。
筋肉が靭帯に変身するのです。
そして,【筋肉が靭帯に変身する】までには上記の様な過程をたどります。
①筋肉→②壊死→③血管新生→④細胞増殖→⑤新しいコラーゲン線維に置換→⑥徐々に強度が増し→⑦前十字靭帯へ
とても時間がかかってしまいます。
そして時間軸を取ってみても,再建した前十字靭帯の強度が時間が経過していくごとに右肩上がりに強度が強くなっていくわけではなく。
もともと丈夫であった,「筋肉」が一度壊死をし,靭帯になるために細胞が再増殖するという経過をたどるので,
再建靭帯ははじめ強度が強いもの(まだ筋肉の要素が多い)から一度右肩下がりに弱くなり(術後12週前後),月日をかけ靭帯化するという経過をたどります。
そして,その最も脆弱な時期が術後3〜4ケ月と言われており,とてもその時期には注意が必要で,再断裂率も高いです。
患者さんにとってもると,術後3〜4ケ月は痛みが徐々になくなり,膝も自由になってくるので『治ってきた!』と勘違いしがちなのですが,
靭帯自体はとても弱い時期なのでとても注意が必要なのです。
プロトコルでは,この3〜4ケ月ころにはJoggingやJumpができるようになってくる時期のため,より活動的になってきます。
ACL(前十字靭帯)の機能と働き
・脛骨の前方移動制動
・脛骨の内旋制動
が主に知られております。
「制動」とはどういうことか?
「靭帯」とは何のためにあるものなのか?
を追っていきましょう。
靭帯が行う「制動」とは?
靭帯の行う『制動』とは,簡単に言えば「最後の壁」「制動の大将」です。
通常,生き物は筋肉が関節を動かしたり,止めたりを行ないますが,その関節の運動範囲にも限度があります。
通常は筋肉が働くことにより,通常の運動範囲でのみ運動を行なっているが,
時には、その通常範囲を逸脱しそうになってしまいます。
例えば,捻挫などと言った,身体のエラーにより本来関節が動かない範囲に動いてしまうという事故です。
そんな時、関節が(骨が)通常範囲から逸脱しないように守ってくれるのが靭帯です。
そして,特に前十字靭帯(ACL)は脛骨の単独の前方移動への制動と内旋移動(水平方向を反時計回りにまわる)に回る事への制動を行なってくれるのです。
(※脛骨とはスネの部分の大きな骨を指す。)
前十字靭帯術後の早期スポーツ復帰とその影響
冒頭にも書いたのですが,川崎フロンターレの齋藤学選手が前十字靭帯再建後サッカーに5ケ月に復帰しました。
先程の靭帯の成熟の図でいうと,靭帯のコラーゲンは再構成期と言われ,まだ成熟している状態ではありません。
川崎フロンターレの齋藤学選手の前十字靭帯修復後5ケ月で復帰。
皆さんはどう考えますか?
先程の筋肉と靭帯の制動時期の図でもあったように,【関節の通常範囲内での運動】では筋肉が制動してくれるので,普通にプレーをする分には靭帯が切れる可能性は低いです。
しかし,サッカーは一人で行うものではなく,相手が居て、予期せぬ方向から予期せぬ外乱(外部からの圧力)なども加わります。
そして,ポジション的にもコートの中央でプレーすることも多い選手。360°の方向から相手のプレッシャーが来ます。
そして,体格は小柄で大柄の選手とも対峙する事が多い選手。タックルされることもあるでしょう。
この様に,靭帯損傷でのスポーツ復帰には,ポジション特性やスポーツ特性,その人の体格など様々な要素を考慮してスポーツ復帰につなげていかなければなりません。
6ケ月経ったら復帰?8ケ月経ったから復帰?その考え大丈夫?
よく患者さんから聞かれるのですが,『6ケ月経ったら復帰していいの?』と
結論から言うと,6ケ月たったから、8ケ月たったから復帰というわけでもないのです。
先程のこちらの図で説明すると,靭帯は最後の砦であり,靭帯があるおかげで脱臼を予防することができています。
しかし,正常範囲内での関節の制動は筋肉が行うものであるため,筋力が弱ければ,最後の砦に簡単にたどり着くこととなってしまいます。
そのため,通常の運動の中でも,筋肉が制動に働かない場合は靭帯にストレスが掛かってしまうため,靭帯の再断裂率が高くなってしまいます。
いくら,6ケ月や8ケ月が経っていようと,スポーツを行うための筋力に戻ってなければ,スポーツ復帰を許可されることはありません。
世界のACL術後のスポーツ復帰に関わる論文
2018年の「米国整形外科学会(AAOS)」の論文では
前十字靭帯の手術をしたサッカー選手のスポーツ復帰と再断裂率,スポーツ継続期間などが記載されていました。
(↑クリックで論文閲覧可能)
記載されていた内容は
・Soccerへのスポーツ復帰は 平均9.6ケ月
・男性1/20の再断裂率
・術後6.4年でサッカー選手継続率19%
※研究は骨付き膝蓋腱の患者の再断裂率は0%だったこともあり,半腱様筋グラフトのみを集めた研究であればさらに再断裂率は上がっている可能性もある。
まとめ
スポーツ選手のような著名な選手が早期に復帰をすると,同じ手術をした学生スポーツの選手たちも「自分たちも復帰できるのでは?」
という勘違いが生まれてしまいます。
早期に復帰をするにしても,復帰をしないにしても,自分の障害や手術に対して知識を持つことは重要だと思います。
体を理解することが,怪我の予防に繋がります‼
今後も,理学療法士の世界では常識なものを一般の人たちにも常識になるように発信をしていきたいと思います‼